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井伊軍志について
         
                      津本 陽氏

 『井伊軍志』は、発刊されたとき著者の井伊(旧姓中村)達夫さんから御恵贈いただき、さっそく拝読して、初代井伊直政の事蹟を中心とした、井伊家の歴史を知るうえで、きわめて貴重な資料であることを知った。
 それから幾年かたち、私は徳川家康の臣僚たちの生涯についての資料を読むうち、井伊直政が幼児のうちから敵につけ狙われ、転々と逃げまわり、戦国時代とはいいながら殺伐とした環境で成人したことを知った。
 直政は家康の小姓になったあと、異例の出世をしてゆく。家康の抜擢のしかたもふつうではない。直政が家康の隠し子であったという説が、うなずけるほどである。
 井伊氏は『井伊軍志』のなかに、井伊家に秘蔵されてきた数多くの資料を駆使され、勇猛無比というよりも、狂気のようにといいたい直政の戦場での闘いぶりを活写して、弾創による死に至るまでの生涯の表裏を、克明に影ふかくまとめあげられた歴史資料としてまれな逸品である。
 私は直政の生涯をえがいた『獅子の系譜』執筆に際し、『井伊軍志』に教えられえることが多く、感謝している。                                   
                                        平成十九年夏



法政大学教授 文学博士 村上 直氏


徳川四天王の一人、井伊直政については、早くから、その事績は知られていながら未だにまとまった基本書は上祥されていない。また直政の意思を引き継いだ嫡男直継、次男直孝についても部分的な考察にとどまっている。彦根藩主井伊家は、この直政・直継・直孝の三代によってその基礎が確立したのであるが、立藩後の彦根藩は、のちに三十五万石の格式をもって全国譜代藩の筆頭に位置し、西国大名の監視や京都守護の重要な役割を果たしている。しかも、直政以来、二百七十年にわたって、一度の国替えもなく彦根城を拠点に徳川総軍の先鋒として、御三家も一目置くほどの存在であった。そして、歴代藩主の中には、江戸幕府の執権、大老職に就く者が七代に及んでおり幕府政治に大きな影響を与えている。したがって、彦根藩主井伊家の歴史はまさに幕藩政史の研究において不可欠のものといえるのである。この度、井伊達夫氏が、多年の研究の成果を一書にまとめ『井伊軍志−井伊直政と赤甲軍団−』と題して刊行されたことは大きな喜びである。とりわけ本書が、直政をはじめ直継・直孝の事績や人物像を中心としていることは、大名徳川氏が天下制覇全国政権を確立する過程を知るためにも、きわめて貴重な記録であるといってよい。
井伊氏は、旧井伊家の家臣の家に生れ、「戦陣武具資料参考館」「彦根藩甲冑資料研究所」を開設するなど、早くから武具・甲冑類収集や古文書について造詣が深く、私はかねてからその学殖の豊かさに敬意を表してきた。本書は博捜した多くの文献に綿密な考証を行い、井伊家の事績を明らかにしたもので内容もきわめて具体的で理解しやすい。この点からも徳川家臣団の動向を知るための、まさに待望の書ということができる。本書の刊行を機として多くの人々が、彦根藩と井伊家の歴史に一層の関心を深め、研究や調査を進めていかれることを大いに期待する次第である。
                                  平成元年四月十五日






駒澤大学教授・法学部長(現職:武蔵野学院大学副学長)
井伊直弼学問所「埋木舎」当主
大久保 治男氏


今般、彦根藩政史、井伊家の御研究で多大の御業績のあられる井伊達夫先生が『井伊軍志−井伊直政と赤甲軍団−』の大著を御公刊されると承り、研究や祖先が彦根藩と縁のある者として御同慶の極みであり心より御祝辞を申し上げる。先生は県誌「湖国と文化」に十年以上も連載して彦根藩政関係の御研究を発表され、更に種々すばらしい井伊家関係の御研究をされておられるが、余人には出来ない「戦陣武具参考資料館」を京都に御設立され、甲冑、武具等多くの貴重な美術品、文化財古文書等をコレクションもされており歴史を愛されている意気込の強烈さを感じる。
本書は、井伊直政公の伝記研究としては斯界の嚆矢であり、井伊の赤備として有名な彦根藩朱具足という特殊甲冑の一貫的研究は勿論、近世大名の成立を軍史という視点より把握された御研究は高く評価せられよう。わたくしも法制史を専攻する者として彦根藩法等の側面より彦根藩政史を研究しているが、井伊先生の軍史、兵制史の側面よりの彦根藩政史の御研究の御教示を大いに期待している。・・・(中略)・・・井伊先生の井伊直政公の御研究御公刊を御祝いするわたくしは、その祖先・大久保式部が井伊直政公の二才の時よりの養育をしたという浅からぬ因縁を感じると共に、井伊先生の旧彦根藩に対する熱烈なる愛情の下の研究成果は祖先を敬い、故郷を愛する現代における「彦根藩士」としての意気込をひしひしと感じる。直弼公の茶道の極意「一期一会」と「余情残心」の如く井伊先生がわたくしに御祝詞を書かせていただく機会をお与えくださったことを感謝すると共に井伊先生が京の都において益々御活躍なさり大成果を更に挙げられることを江戸の地より祈念してお祝いのことばとさせていただきます。
                                  平成元年四月吉日

東都・小石川、旧林大学頭屋敷一部跡 自宅「碩翠庵」書斎に於いて。





(注)文中の旧姓「中村」は「井伊」に改めました。